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大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)1372号 判決

原告 沢井余志郎

被告 東亜紡織株式会社

主文

原被告間に雇傭契約の存在することを確認する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分しその一を原告その余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告会社が原告に対し昭和二十九年九月十五日なした解雇の無効であることを確認し同年九月十六日以降雇傭契約終了に至る迄毎月二十七日原告に対し金二万九百七十二円の賃金を支払うことを命ずる。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を竝に仮執行宣言を求めその請求原因として、

「一、被告会社は毛糸竝に毛織物の製造販売を営む会社であり被告会社の従業員は東亜紡織労働組合なる労働組合を組織し、且作業所毎に支部又は分会を組織しており原告は昭和二十一年二月一日被告会社に入社し泊工場に於て整理科洗絨片番の責任者として勤務し三等従業員として、平均賃金二万九百七十二円の支給を受け且、前記組合泊支部の組合員として同二十三年四月以降同二十九年三月迄、青年部副部長、文化部長理事、副支部長を歴任し、同二十九年四月以降支部代議員として、組合活動に従事していたが、昭和二十九年七月末当時その勤続年数に対応し同年度中十五日間の年次有給休暇が与えられ同年七月末現在尚八日を剰していたところ、同二十九年九月十五日被告会社より就業規則第七十九条第九号職務上の指示命令に不当に従わず職場の秩序を紊したり紊そうとした者、第十二号、濫りに職場を放棄する等業務の正常な運営を阻害し又は他人として、前段の行為をするよう教唆、若くは煽動した者、第十六号その他前各号に準ずる行為のあつた者の各号に該当するものとして懲戒解雇の通告を受けたが、原告は右就業規則上の懲戒事由に該当する行為はないのみならず右の解雇は、後記の如く組合活動を嫌悪し排除しようとする意図に出た不当労働行為であるから無効であり之が無効確認を求め且被告会社は懲戒解雇の意思表示があつた後原告の就労を拒否しているから解雇通告の日の翌日である昭和二十九年九月十六日以降雇傭契約終了に至る迄毎月二万九百七十二円の賃金の支払を求める」と述べ、

被告の主張事実に対し、「原告はかねて東京の光村出版株式会社に勤務する実兄富田洋一郎より嫂の妹との結婚を勧められており、八月五日電報を以て原告に対し見合の為上京を促して来たが、原告は既に同一職場の女子従業員金子栄子と相思の仲であり原告はこの機に上京して実兄の諒解を得ようと考え同日被告会社泊工場整理科主任寺尾英三に右事情を話し八月六日より三日乃至四日間(但し八月八日は公休日)の有給休暇を申出即時許可を得た。そこで原告は訴外金子に意中を話し、同人に対し同行を求めたところ同人も之を承諾したので同日夜同人と共に寺尾主任の社宅を訪れ事情を話し改めて訴外金子に対する前同様の有給休暇を申出承認を得たところ、同夜帰寮後実兄より秋田で開催される作文教育全国協議会に賛助員として出席する為出張を命ぜられたので秋田で会談したい旨の手紙に接した。之よりさき組合の代議員会で前記協議会に組会から文教部長的場和雄が派遣されることに決定を見たが、同人は生活綴方運動の実践の経験がない為原告に同行を希望していたのと訴外金子も亦前年東京で開催された同協議会に出席を希望しながら被告会社が之を許可しなかつた為今回の協議会には、是非出席したいと考えていたところから、実兄に会うべく訴外金子を同行して、秋田市に赴いたところ右協議会々場で実兄の出張が大阪に変更された旨伝えられ実兄との会談は、その目的を遂げなかつた他方生活綴方運動は原告の属する泊支部に於て、かねて組合の日常活動として文教部婦人部等は多大の関心を寄せ前記の如く組合よりも的場文教部長を派遣しており而も的場より前記の如き懇請があつたので原告も右大会に出席し生活綴方の実践運動について発表をなし三日間にわたる作文協議会を終え同月十日訴外金子と同道東京の実兄方を訪れ所期の目的を達し翌十一日朝七時頃帰寮し、午前七時三十分工場に出勤したものである。

二、被告会社は原告は八月十日無断欠勤をしたと主張しているが前記の通り八月六日から、三日乃至四日の有給休暇を許容されたのであり同月八日は公休日であるから、固より無断欠勤に該当しないし又八月十一日の二時間三十分の遅刻は直ちにその旨を現場書記に届出で現場書記は、主任の出勤をまつてその旨を報告したが寺尾主任は之が受理を拒否したものに過ぎない。又原告が被告会社に有給休暇を請求した当初の理由従つて亦それに対応して予定された原告の休暇中の行動が原告の実兄の都合で若干変更されたことについて前記の如く何等の作為も欺罔もないのに被告会社は原告が休暇中にとつた作文協議会出席と云う行動に向けることを敢て避け、原告の休暇請求理由と原告の休暇中の行動の齟齬を以て虚偽の理由で年次有給伶暇を請求したと云うことに強て解雇理由を求めているが、右の如き欺罔の事実はなく後記のように被告会社主張の就業規則の懲戒解雇事由に該当しないこと明白であり之を以て懲戒解雇事由に該当すると解すること自体年次有給休暇請求権の法律上の性質に反するものであつて、失当たるを免れない。即ち

(一)  労働基準法が年次有給休暇を認める所以は労働者をして一定期間労働者の生活を保障しつつ労働より解放せしめ、自由に心身の休養を為さしめ労働力の保全と培養を図る趣旨に出たものであり従つて亦法はその趣旨から使用者は、年次有給休暇を労働者の請求する時季に与えねばならないのであり労働者が之が請求権を行使するには休暇を必要とする具体的理由を述べる必要なく、使用者亦具体的理由の如何によつて有給休暇の許否を決する権利なく、況や使用者の業務の繁閑によつて之を左右し得るものでないのみならず年次有給休暇請求権は法律により設定された労働条件であつて労使の契約により任意廃絶変更を許されない法律関係であるから、使用者の業務命令によつて制限し得ないこと云う迄もないし有給休暇が与えられた以上その期間中労務提供の義務なくその利用は自由であり就労義務を前提とする業務命令違反又は職場抛棄の如きはあり得ない。

してみれば有給休暇の申出に際し原告が如何なる理由を以てしたかその理由が虚偽であつたか否か中途から休暇目的を変更したか否か休暇を如何に利用したかは原告に有給休暇を与えるにつき使用者として介入を許さないものであつて被告主張の如き何等の違法の要素はないものである。

(二)  被告会社は当時極めて繁忙な時期にあり有給休暇時季変更の権利を有していたか原告は虚偽の理由をもうけて休暇の承認を得て被告の時季変更権を侵害したと主張する。

しかしながら被告会社泊工場に於ける織物の製造工程は紡績科織布科整理科(入荷部、洗絨部、乾燥部、起毛部、仕上部)に分れているが右の作業工程のうち紡績より洗絨迄の工程は流れ作業の為作業の繁閑はないが乾燥起毛仕上の作業はそれに比較して全工程の欠陥を補修し仕上げをする集約的段階であるのでその作業は細密、且反覆にわたり当然手間を要するものであり、当時入荷部及び洗絨部に入荷された原反中梳毛紡は相当量あつたが梳毛紡を洗絨する専用の広巾洗絨機は三台であつて機械能力に限定されるのみならずその運転は洗絨に直結する乾燥洗色煮絨の消化量と関連する作業であるから、その必要作業量は相対的に決定され而も同年八月の仕上反数は計数上他の月に比し格段に、多いとは云い難くこのことは洗絨部が入荷部より入荷した反数が他の月に比較して、多くなかつたことを意味し洗絨の工程が、被告会社主張の如く、繁忙を極めたものではない。仮りにその主張する如く繁忙な状況にあつたとしても年次休暇時季変更権はその事業の正常な運営を妨げる状態が客観的に存在することを要するが原告一人が有給休暇をとることによることによつて事業の正常な運営を妨げるとは到底なし難いからその主張のあたらないことも明かである。

(三)  以上の如く、原告のとつた年次有給休暇には何等違法でなく就業規則第七十九条第九号第十二号に該当しないのみならず同条第十六号の前記各号に準ずる行為にも該らない、蓋し之に準ずる行為とは類型的解雇事由に該当しない労務提供上の瑕疵あることを要し而も類型的解雇事由と評価上同視せらるべき瑕疵が存する行為でなければならない。

ところで原告の行為には何等の瑕疵がないこと前記の通りである。

然らば被告会社の原告に対する懲戒解雇は、就業規則所定の懲戒解雇事由に該当しないから無効であるのみならず原告は組合自体の文化活動として取り上げている生活綴方運動につき、組合を背景として組合員として行動した前記作文教育全国協議会に出席したことを以て原告を解雇したものであつて不当労働行為である。」と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、

「被告会社が原告主張の如き会社でありその従業員を以て東亜紡織労働組合が組織されていること、原告がその主張の日被告会社に入社し被告会社泊工場に於て洗絨片番の責任者として勤務し平均賃金二万九百七十二円の支給をうけていたこと原告が前記組合泊支部の組合員として原告主張の組合役員を歴任した後支部代議員として組合活動に従事していたこと原告の年次有給休暇日数に関する主張事実被告会社が、原告に対し原告主張の懲戒解雇の通告をなしたことは認めるがその余の事実は否認する。

一、被告会社泊工場に於ては毎年八月には秋冬物の製造上極めて多忙な時期に当り就中、昭和二十九年は市況不振の為例年に比較して著しく受註が遅れた上商社側は納期の絶対厳守を要求し若し納期を遅延した場合に於ては解約する意向を示したので泊工場としては納期厳守の為作業の促進予定生産量の確保に努める必要に迫られ既に同年六、七月末社長及び本社企画課により納期厳守と生産増強につき再三にわたる要請があり且見本反の提出時期が八月十日と指定せられたので工場長大脇勲は之等の趣旨を工場内に周知徹底させ生産増強に努めたが尚予定生産量を挙げるに至らず同年八月に入るや納期の切迫に伴つて全力を傾倒して納期厳守の事態に立至り特に整理科に於ては生産の最終段階として他の各科の生産遅延を回復する為格別の努力を要請せられ同月初以来本社及び他の職場から男子七名女子十名の応援を受けて所期の目的貫徹に努めることとなつた。而して同月二日附で異例の社長命令により又同月三日本社企画課指示により生産強化納期厳守につき特別の要請があつたので工場長は同月四日工務課長高島健及び整理科主任寺尾英三に対し右要請の趣旨に副う工場長示達を発したので高島工務課長は原告を含む同課内本社扱従業員全員に対し右社長命令、工場長示達等を説明し格段の努力を求め翌五日原告を含む整理科職場代議員に対し同趣旨により協力を求め賛同を得た。

二、当時原告は整理科洗絨係片番の責任者として同係に於ける作業の段階進行製品検査の各監督の職責を有し原告が突然その職場を離れるときは臨時に責任者を命じてもその職務の性質上部下の統率指揮監督については所期の目的を達し得ないことは明かである配置にあり、加えるに洗絨は整理科中に於ても洗絨に後続する諸工程の作業能力が洗絨のそれを上廻り或は機械による制約を受けない為容易に作業量の増大を期待し得るに比し洗絨機を使用する関係上自ら生産能力に限界があり作業に比較的長時期を要し生産の最大隘路として特に作業促進を要請せられ、同月初以来男子五名の応援を得ていたもので原告の勤怠は作業能率製品の品質に多大の影響を及ぼすこと明白であつたが同月五日原告は整理科主任寺尾英三に対し電文を示し結婚の話のため翌六日一日の有給休暇を請求し更に同日夜原告と相思の仲にある整理科補修の従業員である訴外金子栄子と共に前記寺尾方に訪れ結婚の相談で浜松の実家に両名で行きたいとして改めて同月九日迄の休暇の承認を求めた。寺尾主任は当時有給休暇を遠慮せしめるよう要請せられていたが事柄が結婚問題に関することであり、電報迄見せられたので緊急已むを得ないものとして之に対し九日迄の有給休暇の承認を与えたが原告及び訴外金子は右有給休暇期間を過ぎても工場に帰らず同月十日は無断欠勤をなし翌十一日朝漸く工場に帰り原告は二時間四十五分の遅刻をなし同日午前七時四十五分から出勤しながら右無断欠勤、遅刻につき監督者に何等報告することなく職場復帰後の態度は亡然自失の状況で仕事が手がつかない状況であつた。

然るに之よりさき前記寺尾方を訪れた際の原告等の挙措に不審を抱き原告会社に於て調査したところ有給休暇請求の事由として寺尾主任に申出た事実は全く虚構であり原告は秋田市に於て八月七日より九日迄開催される作文教育全国協議会に出席する希望をかねてから抱いていたが当時の被告会社泊工場の前記の如き繁忙な状況から考えて右協議会に出席を理由とする有給休暇は許容されるところではないことを察知し名を結婚話に藉り寺尾主任を欺罔し有給休暇の承認を得て訴外金子と共に秋田市に直行し同市に九日迄滞在し十日朝東京の原告の兄の家に寸時立寄つたのみで一日を東京見物に過し同夜東京を出発して工場に帰つたことが判明した。

他方被告会社泊工場ではこの間洗絨した物について二十反に近い洗直し品が出来たのみならず関係従業員の努力にも拘らず見本反については納期を二日間繰下げることを商社に懇請その承認を得たが尚八点の納入遅延を来し本反についても大量の納期遅延を来した為原告会社は商社に懇請解約を免れたが之が為値引の已むなきに至りその損失金は六十四万円に達したのみならず被告会社の信用を傷ける結果となつた。かかる損害は前記の如き原告の不当な職場離脱に基因するところが尠くない。

三、使用者は有給休暇を労働者の請求する時季に与えねばならないが使用者が有給休暇請求により経営が不当に脅されることを防止する為事業の正常な運営を妨げる場合に於ては、その時季を変更し得る旨労働基準法第三十九条第三項但し書は定めるが被告会社にあつては事業の運営が阻害される場合にも尚有給休暇を請求する者にとつて緊急已むを得ない場合には時季の変更を為すことなく休暇を与える方針を採用し之が必要上休暇を必要とする事由の申出を為さしめる手続を定めているものであつて原告が有給休暇の請求をなしたときは被告会社として当然時季変更権を行使し得べき場合にあたつていたこと前記の通りであるが原告はかかる時季変更権の発動に裁量の余地を与えている被告会社の公平な措置を利用して社長工場長課長の作業促進納期厳守の指示命令に従わず前記の如く上司を欺き有給休暇をとり被告会社の有給休暇の時季変更権を侵害したことと之に続く無断欠勤遅刻並びにその後の前記指示命令に反し作業促進に何等の努力をすることなく放心状態に終始したことにより職場の秩序が紊され業務の正常な運営を阻害され之により会社が莫大な損害を蒙つたことを総合的に観察するときは被告会社就業規則第七十九条第九号第十二号に該当するものであり仮りに右各条に該当しないとしても同規則第十六号に該当するから原告を懲戒解雇処分に附したものであり本件懲戒解雇の正当なることは明かである。又原告は本件解雇は不当労働行為であると主張するが原告は当時組合における指導的地位を離れ僅に泊支部代議員たる地位にあつたに過ぎず又原告が作文教育全国協議会に出席したことは組合活動とは関係がない。組合は右協議会に組合泊支部文教部長的場和雄を派遣することに決定し被告会社亦的場に対し有給休暇の承認を与えているのであつて組合は原告をば何等かの役割を与えて右協議会に派遣した事実はないし、又元来作文教育の如きはその性質上教育文化に関する活動であり何等被告会社に対し脅威を与えるものでないからかかる活動を被告会社が抑圧する理由なく本件解雇が組合活動を嫌悪し抑圧せんとする意図にでたものでないことは明白である。」

と述べた。(証拠省略)

理由

被告会社が毛糸並びに毛織物の製造販売を営む会社であり被告会社の従業員を以て東亜紡織労働組合が組織されていること、原告が昭和二十一年二月一日被告会社に入社し被告会社泊工場に於て整理科洗絨部片番の責任者として勤務し平均賃金二万九百七十二円の支給を受けていたこと、原告がその主張の如き日数の年次有給休暇を亨有すべき関係にあつたこと、原告が前記組合泊支部の組合員として昭和二十三年四月以降同二十九年三月末迄の間に青年部副部長、文教部長理事、副支部長を歴任し同二十九年四月以降支部代議員として組合活動に従事していたこと同二十九年九月十五日被告会社は就業規則第七十九条第九号職務上の指示命令に不当に従わず職場の秩序を紊したり紊そうとした者第十二号濫りに職場を放棄する等業務の正常な運営を阻害し又は他人をして前段の行為をするよう教唆若くは煽動した者第十六号その他前各号に準ずる行為のあつた者の各号に該当するとして原告に対し懲戒解雇の通告をなしたことは当時者間に争がない。

仍て、原告に前記就業規則に該当する懲戒解雇事由が存したか否かについて判断する。

原告が昭和二十九年八月五日夜原告及び原告と相思の仲にある整理科の従業員である訴外金子栄子と共に整理科主任寺尾英三方を訪れ両者の結婚問題の為同月六日よりの年次有給休暇の申出をなし、同主任も之に対し承認を与えたこと(但し有給休暇の終期については争がある)原告は訴外金子と共に同月七日より同月九日迄秋田市に於て開催された作文教育全国協議会に出席し帰途同十日東京に在住する原告の実兄方に立寄り同夜東京を出発し翌十一日早朝工場に帰り同日は二時間余の遅刻をなしたことは当事者間に争がなく右当事者間に争がない事実と成立に争のない乙第十三号証証人寺尾英三同日比孝同的場和雄の証言と、証人金子栄子の証言及び原告本人訊問の結果の各一部を総合すると原告は昭和二十七年頃より生活綴方運動の実践につとめていたが偶々同二十九年八月七日より九日迄秋田市で生活綴方運動について、作文教育全国協議会が開催されることになつたが原告は之に出席する希望を持ちながら当時職場は繁忙期にあり年次有給休暇を請求しても許可されないことを慮り結婚の話にことよせて実家に帰る必要がある如く装い有給休暇を得ようと企て実弟をして六日話がある帰れとの趣旨の電報を発信させ更に協議会に出席したことに対する口実を構える為実兄より秋田の右協議会に出張することになつたから嫂の妹との縁談について秋田で会いたい旨の信書を受取つた如く作為した上原告と相思の仲にあり同様綴方運動に関心を抱き前年の作文教育全国協議会(東京で開催)に出席しようとして被告会社より有給休暇の請求を拒否された為前記秋田に於ける協議会には是非共出席したいと希望し実家より帰郷する様にとの連絡を得た上実家に帰るべく装つて有給休暇を得て秋田に赴こうと考えていた訴外金子と共に寺尾主任社宅を訪れあたかも両名の結婚の話の為実家に帰る必要があるかの如く詐つて六日より九日迄の有給休暇の申出をなし之が承諾を得訴外広野トヨをして所定の休暇願を提出させたことを認め得る。右認定に牴触する証人金子栄子の証言原告本人訊問の結果は秋田市に赴くに至つた経緯について余りに偶然の一致が多く之を前顕証人寺尾英三、同日比孝、同的場和雄の証言と対比するときは信を措き難く他に右認定を覆し得る証拠はない。

ところで労働基準法第三十九条は労働力の維持培養をはかる為休日以外に年間一定の日数の休日をば労働者の希望する時期に与え而もその実効を保持する為之を有給とすることを使用者に命ずるものであつて所謂年次有給休暇請求権はその始期と終期の決定を労働者に委ねる形成権と解するのが相当である。蓋し、之を単に請求権と解するときは使用者が後記の変更権を行使し得る場合を除き労働者の有給休暇の申出を承認乃至許可しない場合は使用者については労働基準法第百十九条の罰則の適用があるのみで労働者は使用者に対し労務提供義務を制限せしめる不作為請求訴訟を提起せざるを得ない結果となり最低の労働条件として労働力の維持培養を目的とした制度の実効を期し得ないこととなるからである。従つて有給休暇の請求をするにはその日数の枠内で単にその始期と終期とを明示して申出れば足り有給休暇を必要とする事由の如きは何等具申することを要しないし使用者亦その事由如何により有給休暇の申出を左右し得ない。尤も労働者の有給休暇の申出に対し使用者は請求された時季に之を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合は之が時期を変更し得る権利が与えられており使用者に右の変更権が存する場合にあつても之が発動を為すべきか否かを有給休暇請求権者の有給休暇を必要とする事由如何にかからせることは使用者の企業指揮権の効果として認めることを妨げるものではない。然しながらこのことは使用者の時季変更権を有する場合を広く解し変更権を発動すべきか否かの裁量の範囲を拡大して解釈することを意味するものではない。若し使用者の時季変更権行使の裁量を広く認めるに於ては事実上労働者はその求める時季に有給休暇を請求し得ない結果となる虞も生じ又使用者が休暇後の生産の向上を意図して与える恩恵的制度とは異り国家が労働条件に介入しその最低基準を法定しようとするこの制度の本質的趣旨に副わないからである。そして多数の従業員の職場が分化され専門の技術を要する分業が有機的に結合し組織づけられている近代的企業にあつては従業員の或者が何等かの事由によりその職場で労務の提供をなし得ない事態が生ずるときは之に替る従業員をその職場に配置することは事業が正常に運営されている限り経営者の常に配慮すべきことであり又かかる代行員の配置による作業の成果に対する多少の差異も亦考慮に入れておくべきものであつて、ここに云う有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合とはその企業の規模有給休暇請求権者の職場に於ける配置その担当する作業の内容性質、作業の繁閑、代行者の配置の難易、時季を同じくして有給休暇を請求する者の人数等諸般の事情を考慮して制度の趣旨に反しないよう合理的に決すべきものであり現在企業に於ける慣行として実施されているとしても単に繁忙であるとの事由を以て時季変更権があるとすることは正当でない。

そこで進んで本件の場合に被告会社に時季変更権があつたか否かについて判断すると成立に争のない乙第一乃至第三号証第五号証と証人大脇勲の証言により成立の真正を認め得る乙第四第六号と証人寺尾英三、同日比孝、同大脇勲の証言を総合すると被告会社に於ては例年七、八月には秋冬物の製造上多忙な時期にあたつていたが昭和二十九年は市況不振で商品は日々値下りを続けた為商社よりの発註が遅れ更に納期が遅延すると商社の損害が大となる関係上納期厳守が要求されていたので既に同年六月二十九日附二十九年冬物進行状況並に見本市提出ブックに就てと題する書面(乙第六号証)により本社から同年六月十日現在で契約全量のうち紡績は約四割程度を残し又紡績よりの原糸量から織卸反に至る迄約四百八十反が織物になつていない為作業の促進を求め且例年八月十日頃見本市が開催されるについて市況不良の折柄整理科では特に優先的に見本帳作製を為し得る如き態勢をとり得るよう配慮することとの要請があり先発見本の提出期限を八月十日と定められ八月二日には異例の措置として社長より製産品納期と操短休日の影響につき善処方依頼と題する書面(乙第一号証)により八月度は操短臨時休日二回が設定せられているが尚納期は厳守されねばならぬ旨指示し同月四日社長よりの右要請につき工場長大脇勲より周知徹底方はからわれると共に同日工場長より工務第二課長及び整理科主任宛製品の納期厳守と作業促進方依頼の件と題する書面(乙第五号証)を以て同月十五日頃には秋冬物の値決めがあり二十日二十一日には見本市の開催等があり特に納期が厳守されねばならない状勢にあり来月度も納期の切迫しているものが多い為操短臨時休業日に於ても特に作業完遂に努めるよう指示し高島工務第二課長より課内本社扱従業員(原告も含む)に又寺尾整理科主任より役付従業員に対し夫々協力方を求め原告も亦右事情を知悉していたこと、右要請に呼応して既に整理科に対し他科より男子七名女子十名の応援があり洗絨は定員男子十名女子二名のところ前記応援員中男子四名整理科内より男子一名が洗絨に割当てられ作業に従事していたこと原告は洗絨片番責任者として部下の監督指導仕方の段取り運行の管理製品の鑑別等の任務にあつたことが認められる右認定に反する原告本人訊問の結果は措信し難い。右認定の事実によれば原告が有給休暇の申出をなした八月五日頃は見本反の納期をひかえて繁忙期に当つていたことは認めるに充分であるが繁忙であるに拘らず、休暇請求事由に作為するところがあつたとはいえ、さして遠隔地でない浜松に帰省するのに三日間(右作為された事由即ち結婚問題のためならば公休日たる八月八日の前日又は後日の一日を与えれば十分と認められる)の有給休暇を許容していることからすれば繁忙さの程度が被告会社の変更権を正当付けるに足るものであるか疑問を挾む余地なしとしない。また被告主張の如く洗絨が全工程の最大の生産隘路をなしていたことを確認し得る的確な証拠なく、更に洗絨の作業の停滞の原因をなす事実と之と関連して原告の任務とする部下の監督指導作業運行の管理製品の鑑別等の具体的内容原告が職場を離れている際の洗絨内の代行順位代行者による代行の難易等についての証拠がなく証人寺尾英三の証言する如く見本反の納期が二日遅れ八反は延期された納期にも完成せず且八月六日から十二日迄の間十三反の洗直し品が出たとしても又証人大脇勲の証言する如く被告会社が納期遅延の為六十四万四千円の損害を蒙つたとしても右はいずれも原告が職場を離れたことと相当因果関係に立つものと認め難いことを考えると前説示の基準に照し被告会社が原告の有給休暇請求に対し時季の変更をなす権利を有していたものと判定するに由ないと云わねばならない。はたしてそうであるならば前説示の年次有給休暇の法的性質から考えて原告の前認定の行為を目して被告主張の就業規則に規定する懲戒解雇事由に該当するとすることの失当であることは明白である。

仮りに被告会社が時季変更権を有するとしても原告の行為は懲戒解雇の基準には該当するが尚懲戒解雇には値しないと云わねばならない。即ち被告会社が有給休暇の時季変更権を発動し得べき状況にあることを知りながら緊急の事由があるときは有給休暇を許可する方針であつたことを利用し虚偽の事由を作為して有給休暇の許可を得被告会社の変更権を侵害するの如きは不法な行為であることは勿論であるけれども前記社長命令(乙第一号証)工場長示達(乙第五号証)は単に操短臨時休暇に就労を命ずるのみで被告会社が年次有給休暇請求に対し時季変更権を発動する趣旨を含むものでないことは明かであり証人寺尾英三は同人が整理科主任として有給休暇は遠慮願いたい旨を指示したと証言するがかかる事実があつたとしても右は唯勧告的意味を持つに過ぎないと解するのが相当であり就業規則第七十九条第九号の職務上の指示命令ではないから、同号違反に該当せず又同条第十二号の濫りに職場を抛棄する等業務の正常な運営を阻害するとは職場抛棄又は之に類似する手段で労務提供義務に違反して業務の正常な運営を阻害する場合を謂うと解するのが相当であるが原告は既に有給休暇につき八月九日までは被告会社の許可を得てその間の労務提供の義務はないから労務提供義務を前提とする本号にも該当せず又八月十日の無断欠勤と十一日の遅刻も原告の有する年次有給休暇日数の枠内であり且つ変更権は事実として行使されなかつた点からして直に同号に該当するものとなし難く只本来亨有する権利の行使とはいえ虚偽の事由を申向けて変更権行使の機会を失わせて就労しなかつた点において右十二号に準ずる行為のあつたものとして同条第十六号の懲戒解雇の基準に該当することは否定し得ない。

ところで就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する行為があつた場合その行為者を懲戒解雇にするかどうかは通常必しも使用者の自由裁量にかかるものではなく行為の性質と懲戒の軽重とは均衡を保つべき性質のものであつて現に成立に争のない甲第四号(就業規則)によれば懲戒解雇の他に譴責、減給、又は出勤停止の懲戒処分があり又懲戒解雇の基準を定めるにあたり情状により酌量することがある旨規定するところより見れば当該行為が社会通念上懲戒解雇に処することが肯認し得る程度に重大且悪質なものである場合に始めて懲戒解雇が許されるものと解すべきである。而して、証人大脇勲の証言に徴すると被告会社は時季変更権を有しない場合ですら、休暇を必要とする事由を申告させ且従来から繁忙な時期にあつては従業員全般に対して有給休暇の請求に対し変更権があると解し有給休暇を必要とする事由を明示させ裁量の上緊急の用件のある場合に之を許可していたことを窺うに充分であり然らばこそ同証人の証言する如く被告会社では従業員の実家等よりする電報を重視していたことも首肯し得るところであるがかかる取扱解釈が正当でないことは前説示の通りでありかかる誤つた取扱が原告をして前認定の如き欺罔手段を構ぜしめる原因の一部をなしていたものと云うことが出来るし又たといそこに若干の欺罔が伏在したとはいえ兎も角も原告は自己の本来亨有すべき休暇期間の枠内の日数の請求をして許されしかもその請求理由によれば一日を以て足るのに三日間もの休暇が許されている。又証人大脇の証言によれば昭和二十九年八月当時被告会社泊工場は従業員千三百五十人を擁しその平均勤続年数は同三十三年一月現在七年であるが病気欠勤有給休暇で休む者を年間約七パーセントと見て生産計画を樹立していることが認められるが使用者は積極的に年次有給休暇を与えるべく努むべきが制度の本旨であるに拘らず前認定の病気欠勤有給休暇の予想を僅少に計上していることは被告会社の本制度に対する理解の程を窺わしめるものである。右の事情を彼此考量するときは被告会社にも本件の如き行為を惹起するに至つた責任は存するのであつてかかる被告会社の責任を無視して原告の行為のみを考え重大且悪質なものと判断し懲戒解雇に値するとするは客観的妥当性を欠き無効と云うべきが相当と考えられる。

従つて原告と被告会社間の雇傭契約が存在するとの確認を求める意味で被告会社の原告に対する懲戒解雇の無効であることの確認を求める原告の本訴請求は理由がある。

次に原告は昭和二十九年九月十六日以降雇傭契約終了に至る迄の平均賃金一ケ月二万九百七十二円の支払を求めるから判断する。被告会社が原告に対し懲戒解雇の意思表示をなしてから後は原告の労務提供を被告会社が拒否していることは弁論の全趣旨に徴し認められる。ところで特定物に関する物権の設定又は移転以外の事項を目的とする双務契約に於てその履行不能が債権者の責に帰すべき事由によつて生じたときは我民法は危険負担に於ける債権者主義をとり債務者は反対給付を請求する権利を失わないことを規定しここに履行不能とは債権者の受領不能を含み雇主が労働者を解雇しその就労を拒否した場合も債権者の受領不能に該当するものと解せられる。そして被告会社の原告に対する懲戒解雇が無効であり原被告間に雇傭関係が存在すること前認定の通りであるから被告会社が原告の就労を拒否したことは一応被告会社にその責に帰すべき事由があつたものと推定するのは当然であるが被告会社が右の懲戒解雇を有効と信ずるについて相当の理由があるときは被告会社の就労拒否はその責に帰すべからざるものと解するのが相当である。蓋し懲戒解雇の無効であるかどうかは困難な事実認定と法律解釈を前提とし公権的判断を以てしてもたやすく為し得るところではないことが多いからである。仍て被告会社に右の帰責事由が存するか否かにつき按ずるに既に認定したところを顧ると結婚の話の為に実家に帰る必要があるとの虚構の事実を告げて原告が有給休暇をとつたものと被告会社が認定したことについてはその判断は正当であり毫も過失なく結局右の事実が被告会社の有給休暇請求に対する時季変更権を侵害したものであるか否かそれが懲戒解雇の基準に該当するか否かの法律的判断と右基準に該当するとして懲戒解雇に値するものであるか否かの法律的評価が懲戒解雇を無効とするか否かの判断の焦点をなすものである。元来年次有給休暇請求権を規定する労働基準法自体が工場法を中心として断片的に労働条件を規定した云わば前期的諸立法より一躍して国際的水準に立つ労働条件を規定した労働保護法として昭和二十二年九月一日より施行されたものであるが我国の経済的文化的水準が未だ国際的水準に達しないのに労働条件の最低水準を国際的水準に求めた為現在之が安全実施には幾多の問題が横わることも否定し得ないところで前認定の如く被告会社に於ては労働基準法による年次有給休暇が完全に実施された場合を予想して生産計画を樹てることなく従業員の従来の有給休暇の実績を基礎として生産計画を樹てていることは使用者と労働者双方のこの制度に対する理解の程を示すと共に労働基準法の目的とするところと現実の乖離を物語るものと云い得る。そして年次有給休暇請求権自体については之が法律的性質につき規定自体明確を欠き関係官庁よりする例規解釈にも有給休暇請求に際しての手続につき何等指示するところなく人事院規則により国家公務員が有給休暇を請求するには予め所属する機関の長の承認を得ることを要件としている如く休暇を必要とする事由を申告して許可乃至承認を求める形式により有給休暇を請求するのがむしろ業界に於て慣例的に行われ何等疑義を止めなかつたものと考えられる。又時季変更権については業務の正常な運営を阻害するとの抽象的規定からは之が具体的場合を的確に把握することは困難であり当裁判所のさきに説示した基準により之が具体的な場合を判定することも事実認定にあたり極めて微妙なものを含み又もとより繁忙な場合にも変更権が存する場合もあることは前説示の通りであるから、直截に繁忙な場合にには時季変更権を有するものとして取扱うことが業界の慣例であつたとしても解釈としては已むを得ないところである。従つて被告会社が原告の前記行為により有給休暇請求に対する時季変更権を侵害されたものとして更に之を懲戒解雇の基準に該当するものとしたこともかく信ずるにつき相当の理由があつたものと云わねばならない。又証人大脇勲の証言により成立の真正を認め得る乙第十八号証と証人大脇勲同日比孝同近藤潔の証言によれば被告会社が原告を懲戒解雇とするにあたつては配置転換や転勤を考慮したが原告の勤務成績から実現を見るに至らず更に自己退職を勧告したが原告の拒否するとことなつたので已むを得ず四回にわたり賞罰審査委員会を開催し組合側委員すら原告の行為が懲戒解雇の基準に該当することを認め且懲戒解雇とすることに対し強い反対もしなかつたので遂に懲戒解雇とするに至つたことを認められその手続自体には何等責むべきところなく他の職場より応援を要する程多忙であつた時期にその職場の責任者でありながら被告会社を欺罔し有給休暇をとつた事実により被告会社が懲戒解雇に値するものと判断したことが客観的に妥当でなかつたにしろ著しく信義に反する判断であつたとは断じ難いものがある。以上の事情を考量するときは被告会社が原告を懲戒解雇にしたことは之を有効であると信ずるにつき相当の理由が存したものと認むべく被告会社が原告の就労を拒否したことは少くとも公権的な判断のあるまではその責に帰すべからざるものと解するのが相当であり原告は現在の請求として、労務提供の対価としての報酬を請求し得ないものと云うべく、将来請求としても被告会社の今後の態度如何によるのであつて今直に将来給付請求をなす利益を肯認し難い。よつて賃金の支払を求める原告の請求は失当として棄却すべきものである。

仍て原告の本訴請求中懲戒解雇の無効確認を求める部分は正当として之を認容すべきもその余は失当として之を棄却し(尚原告は仮執行の宣言を求めるが確認判決に仮執行宣言は附し得ないことは明である)訴訟費用負担につき、民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 宅間達彦 松浦豊久 杉山修)

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